役に立つのだろうか?
色々と考えごとをすることが多く、本を読んだり気づいたことを一部書いていく。
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こんなお悩みありませんか?
日常的にやることや趣味について、ずっと悩みがあった。
いや、今でもあるのだが、この発想を持つことで少し気が楽になった。
多くいるであろう同じようにお悩みの方へ、という意味も込めて書いていく。
趣味(に近いもの)もやっていて、
何かの役に立つのだろうか?
こんなことやってていいのだろうか?
こんなことを思っていませんか?
「結果的に」役に立つから
胸を張って趣味といえる趣味であれば全く問題なのだが、惰性でやってるとか付き合いでやってるとか、そういうものもあると思う。
ゲーム、漫画、アニメ、ドラマ等、この辺の受動的なものは特に。
何かの役に立つのだろうか?
やる前から
「これをやって有意義なのだろうか?」
「終わった後に、何も得られなかった…なんてならないだろうか?」
そう思うことはないだろうか?
………私は、めちゃくちゃある。
というかそればっかりである。
結論から言うと…
役に立たなくていい
というか
役に立てようとするな
資格の勉強とか、目的が明確なものは役に立たたせないとダメだよ、もちろん。
でも、そうじゃないもの。別にやらなくても支障のない趣味のようなもの。
「仕事に活かすためにとか、人生を充実させるためにとか、教養を深めるためにとか」、そんなことを考えちゃうんだよね。
そんなんいらんねん
むしろ、役に立たせようとは思っていないものほど役に立ったりする。
例えば、サラリーマンがゴルフをやっているのであれば
●プレッシャーがかかった1打の違い
●一緒に回っためちゃくちゃ気を配れる人のやってること
●上級者ほど人間も出来ている傾向
このような発見があると思う(私の実体験です)。
この中で言えば、
●プレッシャーがかかった1打の違い
「これを外したら勝つ・負ける」のようなプレッシャーがかかった場面。
練習だと外しようがない、たった50cmくらいのパットでも痺れるんだな、これが。
それが「仕事に活かすためにとか、人生を充実させるためにとか、教養を深めるためとか」に繋がる。
繋げようとして最初から身構えるのではない。
繋がる、のだ。
「結果的に」役に立つから。
だから、やってる最中も
こんなことやってていいのだろうか?
とか思わなくていい。
「結果的に」やってて良かったって思えるから。
そう思えると、随分気が楽にならない?
と言っても、そう思えるための条件とか本質とかはある。
詳細は別記事に書くかも。